本記事は、米国Esri社の「Gaining Retail Advantage in the Post-COVID-19 Era」を翻訳したものです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が購買行動の変化を加速させる中、小売業の経営者は困難な選択に直面している。本稿では、スワロフスキー社のグローバル流通オペレーション・マネージャーであり、世界中のスワロフスキーのロケーション・テクノロジー・プラットフォームを開発してきたリチャード・ベズイデンハウト氏が、小売業にとっての試練の時期と、不確実性の中に潜むチャンスについての見解を述べる。

IBM社の米国小売インデックスレポートによると、COVID-19 は実店舗から E コマースへの移行を 5 年分加速させた。強力な E コマース戦略を有する企業や、店舗やオンライン、ソーシャルメディアでオムニチャネルの購買体験を提供できる企業は大きく売上を伸ばし、オンラインでの購入は全体で前年比 45% 増となっている一方で、Retail Metrics社によると、商業施設に出店する小売業者は、2020 年の第 2 四半期には、収益が 256% の落ち込みを見せたという。

このような大規模な変化の中、位置情報を活用して顧客のいる場所に商品を置き、新たな習慣に合わせて購買体験を一人ひとりにカスタマイズする小売業者は、COVID-19 の混乱に耐え、ポストコロナ時代にも優れた業績を残すことができるだろう。

 

実店舗の課題:顧客がいる場所で顧客に出会う

この取り組みの核となるのがロケーションインテリジェンスだ。これにより、経営者は地域にズームインして、CRM データ、調査データ、人口統計学的情報などの指標を使い、その店舗特有のミクロな傾向を把握することができる。また、より広い視野で見るために GIS ダッシュボードを使用し、全米の数百、数千の店舗の状態を評価することができる。開店状況別に色分けし、州や地域の事業制限と重ねて表示することで、サプライチェーンをどのように再構築するか、またはブランドの設置面積を縮小/拡大するかについての意思決定の指針となる。

「データを見ることで消費者に合わせたアプローチが可能になるため、より良いサービスを提供することができます。」とスワロフスキー社の副社長兼流通・不動産担当であるヨッヘン・シュミット氏は語る。

 

ショッピングの新しい風土

対面ショッピングに対する消費者の意識が大きく変化していることは間違いなく、「普通」に戻ることはないかもしれない。例えば、ファッションブランド Zara を擁する Inditex社は、2021 年末までに最大 1,200 店舗を閉鎖する計画だ。

しかし、オムニチャネルコマースの洞察によると、実店舗がオンライン販売を共食いすることはなく、その逆もない。むしろ、一方が他方に貢献する可能性がある。2016 年から 2018 年までの消費者のクレジットカード取引を分析したところ、オンラインで 100 ドルを使った顧客は、翌月にはさらに 171 ドルを実店舗で使う可能性が高いことが示された。同様に、実店舗で 100 ドルを使った顧客は、次の 30 日間で平均 163 ドルをオンラインで使う可能性が高い。

実店舗は、ウェブサイトにはできない経験や感覚を呼び起こすため、完全にウェブサイトに置き換えることはできない優位性がある。また、宝飾品のように、商品によっては物理的に見て触れる場があることがメリットとなる。実店舗の方が自発的な購入を促す可能性が高いため、消費者はオンラインよりも実店舗での消費が多い傾向にある。

オンラインとオフラインの市場を統合して、首尾一貫した意味のあるオムニチャネルエクスペリエンスを実現することが重要だ。今、経営者はこれまで以上にロケーション固有のデータを分析し、誰が店舗に入ってきたのか、誰が通りかかったのかを理解し、その人をどのように引き寄せるかを判断する必要がある。

 

ロケーション戦略のアップグレード

COVID-19 の感染率やビジネスルールは州や国によって大きく異なるため、店舗の立地がビジネスに影響を与えることが多い。俊敏な小売業者は、これに対応するために商圏を分析し、人流が特定の店舗にどのような影響を与えているか、あるいは恩恵を与えているかを分析している。人々が外出を控え、リモートワークが浸透すると、顧客が従来の場所にいなくなる。

当社独自の商圏分析によると、小さな町や小規模なアウトレットモールで交通量や店舗数が多くなっている。これを受けて、かつては人で賑わっていた大通りに面した店舗を持つ小売業者は、オンラインで購入し店頭で受け取る購買形態について分析する一方、郊外の店舗では従業員のレベルを上げたり衛生を強化したりすることができる。

店舗内の調整に留まらず、例えば、運動不足解消のため公園や川沿いの小道にはランナーが溢れており、エクササイズ用品の小売業者にとっては新たな広告の機会が生まれている。位置情報から得られる小さな情報が、ブランドの存続に大きな影響を与えることもあるのだ。

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「細かく見てみると地区ごとの違いは歴然であり、デモグラフィックに合わせて品揃えを調整しています。」とシュミット氏は言う。

 

移動式であることの重要性

いくつかの小売ブランドは、文字通り顧客のいる場所に商品を置くことで COVID-19 に対応している。これはパンデミック終息後も続く傾向だろう。インドではリーバイスなどのデニム企業が、ショッピングセンターの人出の減少を受け、移動販売車を住宅地に送り出している。この移動販売車にはテレワーク仕様の衣類が用意され、採寸やお直し後の納品手配も可能だ。このような機敏さと位置感覚が求められている。

このような厳しい経済状況の中で小売業者が取ることができる最も重要なステップの 1 つは、適切で需要のある商品が店舗にあるかどうかを確認することだ。ベストセラー商品は買い物客の目に触れる場所に置くべきであり、アクセサリーのような人気の小物も身近に置いておく必要がある。これはパンデミックに負けない重要な小売戦略であり、店舗の場所によって大きく異なることもある。小売業者は、店頭受取率の高い店舗を分析することで、顧客とつながる他の機会を見つけることができる。商品プランナーは、どの商品がその店舗によく出荷されているかを判断し、店舗で補完的な商品を特定することができる。その情報に基づいて、現場のスタッフは、顧客が注文を受けた際に補完的な商品を表示することができる。

屋内のロケーションインテリジェンスは、補助的な役割を果たすことができる。GIS を利用した屋内モニタリングは、通常、メンテナンス管理、人事計画、セキュリティに使用されるが、コロナ禍では、一度に何人の顧客が店舗にいるかを追跡することで、密度制限を守るのに役立ち、また、どの通路がホットスポットとなっているかなどの有用なデータを示すことができる。これは、注目を集める商品をどこに配置すべきかの手がかりになるだろう。さらに、スマホアプリと連携することで、消費者が大型店舗内で商品を探し出すのを助けることができ、対面での買い物に不安を感じている消費者の安全性と快適性を高めることができる。

 

店舗網の再構築

ここ数ヶ月間の多数の店舗閉鎖は避けられないものだったが、経営者がデータを分析せずに撤退するのは間違いだ。多くの場合、店舗の閉鎖は、ブランドが顧客から見えなくなり、顧客の心の中からも消えてしまうことを意味し、実際にはオンラインでの売上増加よりもむしろ損失につながる。

経営者が各店舗の役割、収益、および潜在的な不足分を理解し、店舗を閉鎖するかどうか、あるいは需要が高まっている地域に出店するかどうかについての意思決定をするには、GIS が不可欠だ。

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「実店舗はブランドを構築し、消費者とのコミュニケーションを図り、異なる方法でブランドをアピールするための強力な要素です。両方のチャネルを持つことが重要であり、オフラインからオンラインへのハロー効果も見込めます。」とシュミット氏は語る。

 

遠隔地にいながら個人的な情報を得る

パーソナライゼーションは、COVID-19 以降の時代に競争力を維持するための重要な戦略でもあり、ロケーションインテリジェンスが提供するような粒度の細かい顧客理解を必要とする。

例えば、店舗でのセールやポップアップストアを開始するブランドは、そのニュースをその地域の顧客と共有したいと考えるだろう。例えば、車で 15 分程度の距離にあることや、感染防止対策を実施していることなどをメールで伝えることで、新たな売上を生み出す。

また、データ分析を補完する定性情報として、店舗スタッフからアンケートの回答を集めることは、小売業界の新たな動向の中で店舗を評価するための簡単で低コストな方法であり、経営陣の意思決定と現場のデータをより良く結びつけることができる。

シフトの終わりに従業員に 5~6 つの質問に答えてもらうだけで、高給取りのコンサルタントが見落としているようなミクロの傾向を浮き彫りにすることができる。一日のうちで最も混雑している時間帯、どの商品に最も興味を持ったか、どのような価格帯の商品を探していたかなどの情報を収集することで、小売業者は特定の地域における商取引の動向の変化を感じることができる。

あるいは、ロケーションインテリジェンスを利用して、店舗を訪れる人々に合わせて人員配置を調整することも可能だろう。

「データを利用することで、損失を出す店舗を持つリスクを最小限に抑えることができます。」とシュミット氏は語る。

 

データを活用した小売業の人間化

現在の顧客ニーズと将来のポテンシャルを理解するには、データが鍵となる。年齢、性別、収入、消費習慣などのデモグラフィックデータを GIS で物理的な場所や商圏に紐づけ、粒度の細かい顧客理解を通して、ブランドが機会を見極め意思決定するのに役立つ。

データ分析はしばしば冷たく、臨床的なもののように思われがちだが、実際には、データから実用的な洞察が得られれば、小売業者は顧客とのより深い関係を築くことができる。大小さまざまな手法で、このユニークな小売の時代に、ロケーションインテリジェンスはブランドが顧客のニーズに応えるのに役立つ。

例えば、異なる地域にある 2 つの店舗で、店内の収容人数が来週には 4 人から 20 人に増加するという単純な例を考えてみよう。天気予報を統合したスマートマップを使えば、一方の店舗は冬のような天候になる一方で、もう一方の店舗は暑さと湿気に耐えることになるということがわかる。

この洞察力があれば、位置に精通したプランナーは、ヒーターを設置したり、冷たい飲み物を配布したりするなどの小さな行動を起こすことができ、顧客が店舗の中でくつろげるようにすることができる。

このような小さなことが顧客にとって大きな違いとなり、ロケーションに精通したブランドは、深刻な不確実性の時代に競争優位性を発揮することができる。