新型コロナウイルス感染拡大期の事業継続戦略策定 ~ with コロナ期における購買行動の変化に伴いサプライチェーン、売り場・職場環境で必要とされる対応への考察

はじめに

北米において新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた 2020 年 5 月、現地の大規模小売事業者はロケーションインテリジェンスを活用し懸命に事業継続を実践していた。ロケーションインテリジェンスとは、人口統計、購買行動、交通状況、気象、本稿においては特に新型コロナウイルスの感染状況などのデータを地理情報システム(GIS)を介し分析、可視化することにより得られるビジネスインサイトのことである。大型のアウトドアショップを展開する「バスプロショップス」や小売り大手の「ウォルマート」は、ArcGIS Dashboards により全店舗のオペレーションを管理し、従業員の安全を確認するとともに、開店・閉店状況や店舗タイプなど、顧客が必要とする情報の提供をおこなっていた。次のセクションでは「バスプロショップス」の事業継続活動を振り返ってみる。

パンデミックにおける事業継続に向けた取組み

パンデミックにおける事業継続に向けた取組み

米国 45 州とカナダ 8 州でアウトドアショップを展開し、北米で最も人気のある小売店ランキング第 3 位に選ばれた「バスプロショップス」は、新型コロナウイルスの感染拡大が拡がる 2020 年 5 月頃にロケーションインテリジェンスを活用した事業継続を実践していた。同社は危機対応プロトコルを整備していたが、国連事務総長が第二次世界大戦以来最大の試練と呼んだ混乱が起きることを社内の誰も予想していなかった。新型コロナウイルスに関するニュースが広まり始めると、キャンプ用品、食品加工用のツール、缶詰や長期保存が可能な食品、および安全を確保するための用品すべての需要が急激に増加した。しかし、大きな課題として、バスプロショップスが事業を行っている地域における地方自治体および州の対応、規制が異なるということがあった。バスプロショップスは、州、郡、地域のさまざまな制限に対応するためにロケーションインテリジェンスを活用した。たとえば、アラスカ州では、小売業者は州からは不可欠なビジネスであると見なされているものの、同社の 2 つの主要店舗が位置するアンカレッジ市は、同市のより厳しい制限の下で不可欠であるとは見なされておらず、営業活動ができず製品の出荷に専念するようになっていた。一方でカナダでは、製品の販売はドライブスルーに制限されていたり、米国バージニア州では 10 人以上の顧客が集まることが制限されたりしていた。このような条件下で、賢明な意思決定を迅速に導くために、各地域による規制情報、開店状況、地域の感染状況、従業員の健康状態および出勤、在宅状況などの情報を網羅的に把握する必要があった。「複雑で混とんとした状況をダッシュボードで整然と可視化し理解することは、状況を落ち着かせるのに役立ちます。社内のあらゆる階層とのコミュニケーションが円滑になるだけではなく、何が起こっているのか正確に理解するのにも役立ちます」と、バスプロショップスの最高セキュリティ責任者のジェイソン・ジャクソン氏は語った。

バスプロショップスの店舗状況確認ダッシュボード

ウォルマートの顧客向け店舗状況公開ダッシュボード

次のセクションでは、with コロナ期において製造業、小売業などで必要とされる対応についての考察を紹介する。

with コロナ期に経済活動を継続するために必要な試み

市場とその顧客の理解は新型コロナウイルスによって著しく変化し、オンライン顧客と各店舗、レストランや、その他の地域の状況のより高度な分析が求められてきている。市場のダイナミクスに追いつくために、経営者は、顧客のタイプが変化している兆候がないか人流データを監視することから始める必要がある。多くの小売業者は、新型コロナウイルスの影響による顧客プロファイルの劇的な変化を見てきた。毎週の食料品のニーズを満たすために 5 つの異なる店舗で買い物をしていた人が、接触を減らすために 1 つの店舗で済ませるケースも観察されている。同様に重要なのは、新型コロナウイルスの感染者数がさまざまな地理的領域で増減するため、各企業の商圏の状況をリアルタイムに監視する必要があることだ。一部の企業は、ArcGIS Dashboards を介して、各店舗の近くの感染状況と規制状況を確認している。

屋内ロケーションインテリジェンスの活用が加速

伝統的に、組織は店舗、レストラン、その他の小売スペースの設計を工夫し、多くの買い物客を引き付け、できるだけ長く滞在するように促す屋内導線を作成するのが一般的だった。現在、屋内導線は、ソーシャルディスタンスを確保し、一度に店舗にいる買い物客の数を減らすように設計されている。それにより顧客の安全を担保し、地域ごとの制限に準拠する必要がある。
小売業者が屋内空間を管理するためにはまず顧客の密度分析を実施し、密度が設計値を超えた場合に警告を発する仕組みが必要だ。また、消毒用アルコールを適正に配置したり、顧客が集まる場所に従業員を配置したりする必要がある。店長は、顧客の安全に対し細心の注意を払うための情報が必要になる。
パンデミック発生以前に小売店やオフィスのスペースを監視および改善する方法として、屋内ロケーションインテリジェンスが採用されてきたが、パンデミック以降この傾向は加速している。

ソーシャルディスタンスを配慮した屋内の什器配置を可視化

需要の急変への対応

製造業と同様に、小売業者は従来、販売履歴データを活用して将来の収益を予測し、時系列手法に基づいて需要予測を行ってきた。過剰在庫を防ぐためのジャストインタイム在庫計画などの従来のフルフィルメント戦略は、消費者が購入パターンを変更するとその効果を失うことが判明し、小売業者は、デマンドセンシングに対してより機敏なアプローチをとる必要が出てきた。今後、新型コロナウイルスの感染状況の拡大と収束の谷間における店舗の閉鎖と再開による需給の変動性は新しい基準になる可能性が高い。小売業者は需要シグナルをよりよく理解し、それに応じて製品の品揃えを計画する必要が出てくるだろう。変動性に対応する際に、小売業者は、消費者のトレンドに遅れずについていき、迅速に対応する ZARA のようなファストファッションの供給業者から学ぶのがよいかもしれない。これらのアパレル業者が最もよく認識しているのは、需要が地域間で均一に変化しないことだ。小売業者は常に店舗やレストランの地域に基づいて季節商品を計画してきたが、パンデミックにより、消費者の嗜好が急速に変化することがわかった。GIS ベースのスマートマップを使用して、売り上げがどこでどのような傾向を示しているかを追跡することで、小売業者の経営幹部は、需要シグナルの変化に応じて、先進的なファストファッションのプレーヤーのように振舞うことができるようになるだろう。
これまで、小売業者は、サプライチェーンの敏捷性(つまり、代替ソーシングを使用する機能)ではなく、サプライチェーンの透明性(つまり、サプライチェーン内の商品の場所の可視性)に重点を置く傾向があった。これは、多くのセクターのサプライチェーンが概ね安定している場合は理にかなっている。しかし、パンデミック以降、消費者のトレンドが流動的になっている現在、小売業者は敏捷性に再び焦点を合わせ、サプライチェーンを多様化し、予期しない事態を回避するために冗長性を構築する必要がある。
たとえば、地理的な多様性を生み出すために流通ネットワークを再構成する場合がある。この方法は、台風や地震などの自然災害の影響を受けやすい地域のサプライヤーによく使用され、脆弱性の低い領域で他のベンダーと提携することで、中断時にバックアップの供給と、非常に必要とされる俊敏性を生み出すことができるだろう。

 

本稿は、以下米国 Esri 社記事を基に再構成された
「Inside Bass Pro Shops’ Path to Business Continuity during COVID-19」
「Think Tank: How to Reopen the Workplace during COVID-19」