本記事は、米国Esri が公開した記事「Buzzwords, Hidden Dimensions, and Innovation: A UPS Story」を翻訳したものです。

アメリカ合衆国の貨物運送会社ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)は、ORION と呼ばれるシステムを使い毎年数億ドルのコスト削減を達成している。同社の 55,000 もの北米配送ルートのほぼ全域で使用されている ORION は、アルゴリズム、地理情報システム(GIS)、スマートマッピングと結びつき、時にはベテランドライバーの直感より優れた方法で各ドライバーの 1 日の効率的なルート作成を行う。コスト削減による収支への影響に加え、本システムにより UPS は毎年 1 億マイル(約 1.6 億 km)もの走行距離の削減ができるようになった。これにより約 10 万トン分もの二酸化炭素排出量が削減できたことになる。

ORION はとても革新的なシステムに見える。しかし、本システムの初期推進派である UPS のプロセス管理部門シニアディレクター、ジャック・リーバイス氏はそれを否定する。ルート最適化の問題については長年議論されてきており、概念的に言うと、ORION は決して革新的ではないというのだ。氏はこう述べる。「アイデアが素晴らしいからではなく、それが実現したことが革新的なのです。したがって、革新的でありたければ、革新したものが必ず機能しなければなりません」
ORION の実現には 10 年かかったという。そのような長期間のタイムラインでは、経営幹部と実装に向け動く人々、双方の忍耐力が必要だ。そのようなイニシアチブをサポートする会社の風土とはどのようなものなのだろうか。

リーバイス氏は、UPS の企業風土は経営陣の先進的な考えから生まれたと語る。ほとんどの人が折り畳み式の携帯電話を持っていた 2000 年に、UPS は Wi-Fi、カラースクリーン、Bluetooth、IrDA ポート、GPS を備えた小型端末を導入していた。1990 年代後半、同社はすでに収益性の高い効率的な企業として知られていたが、経営陣は現状に満足することなく、データ収集とデータモデル構築に取り込むことを決定したという。常に改善を続けるという企業文化は、経営幹部の洞察力と、プロジェクトを実現し続けてきた数千人の UPS 社員の努力の結果生まれたものといえよう。

継続的なイノベーション

物流業界は急速に変化している。ORION を展開した今、どのように今後も最先端であり続けるのだろうか。氏に尋ねると、驚いたことに ORION はまだ発展途中とのことだ。現在 ORION は最終の配送拠点からエンドユーザーへ届ける区間のみ稼働しているが、今後は荷物を配送する車両やドライバーの決定も ORION に任せる予定だという。
また、同社は本システムを使ったリアルタイム最適化にも取り組んでいる。現在はドライバーが配送センターを出発した後の一日の配達順序は変わらないが、今後は動的解析を行い、予定との時間のずれが発生した場合には ORION が更新されるようになる。また顧客から荷物の引き取り依頼があった場合、次に行くべき場所をシステムが教えてくれるようになるという。
配送ルート以外のイノベーションについてはどうだろうか。

ORION は 5 万人の UPS ドライバーに位置情報を提供している
ORION は 5 万人の UPS ドライバーに位置情報を提供している

現在の ORION は同社配送業務の最終区間のみを担っているが、今後は都市間の移動についても利用していく予定だという。荷物はどのトラックに入れるべきか、誰がトラックを運転するべきか、どこの配送センターで積み替えをするべきか、などを決定させるのだ。 都市間の配送もリアルタイムな最適化が実現することになる。また、配送センター内での仕分けの際、仕分けに必要な人数、仕分けする場所、車両の停車位置、車両の洗車方法まで分析する。
最終配送区間、都市間、配送センター内を最適化できたら、ネットワーク全体が最適化したことになる。UPS はそれを成し遂げようとしているのだ。そして、まだロードマップ上にはないが、同社には航空便もあり、航空便の最適化にもいずれ着手する見通しだという。

「ORION」導入期を振り返って

ORION の段階的な発展はどのように行われたのだろうか。
氏によると、アルゴリズムの構築とテストにも、周辺のシステムの構築にも相当な年月がかかったが、システムの展開はシステム構築の 2 倍くらい大変だったという。5 万人のドライバーが扱えるようにする必要があったからだ。氏は導入期を振り返り、こう語る。「我々が学んだことは、システムを導入しても、すぐに結果がついて来ると思ってはいけない、ということでした。システムを導入していくうちに、多分ドライバーたちは成長するでしょう。しかし、導入完了後にもドライバー達の朝の会話が以前と全く変わっていないとしたら問題です。彼らの意識が変わっていないということだからです」
どのようにしてドライバー達の意識を変えたのだろうか。
氏によると、コミュニケーション、トップダウンのサポート、さらには指標の変更を通じてそれを行ったという。ドライバーは、節約した金額で評価されるのではなく、マップを整備したか、システムをオーバーライドしているか、ソリューションをフォローしているかなど、自分たちでコントロールできるもので評価される。
かつて UPS 社のドライバーやマネジャーは、ルート配送の効率が 1% 向上すれば上等だと考えていたが、現在では時おり 10% の効率向上も視野に入っているという。それにより会話が変わり始め、その変化は伝染し、他の誰もが「自分にだってできる」と言い出す。それにより各自の行動が変わり、上からのコミュニケーションとサポートも変わるというのだ。

GIS と時間の融合が課題解決のキーに

荷物の正確な配達場所の把握と効率的な移動ルート作成は、ORION のコアスキルの一部であり、GIS はそうしたスキル形成に役立つ。しかし GIS は UPS のルート配送の時間配分計画にも役立ち、これも同様に重要だ。時間の影響についてリーバイス氏に尋ねた。氏によると、地図を見るときの問題の 1 つは、2 次元で見ることができても、3 つ目の次元を見るのは難しいということだという。3 つめの次元というのは時間で、最適化を行うには時間を考慮する必要がある。場所だけでなく、そこへの到着時間も考慮しなければいけないのだ。
ORION は時間を考慮にいれて動くため、人間の直感とは全く相いれない判断を行うという。数か所へ配達したすぐ後、ORION は追加で一か所配達するように指示する場合がある。ドライバーはそれを嫌うが、ORION は一日単位で考えており、午後に渋滞などで配送 の遅延が発生する可能性を考え、いま追加で配送を行う必要があると判断するのだ。この システムは、その場では非効率的に見えても、後により良い結果をもたらすため動く。人間にはそこまで考えることができないのだ。

最後に、毎年数百万ドルを節約できるシステムを欲しがる企業経営者達へのアドバイスを尋ねると、氏はこう答えた。「最も重要な意思決定に焦点を当てること。それだけです。耳あたりの良い言葉を聞くのをやめましょう。私はバズワードが嫌いです。『ビッグデータを使用して意思決定を実行したい』と人々は口にします。しかし、貴社に必要な決定事項は何でしょう?そして、ビッグデータがその決定事項の解決策だと、なぜ思われるのでしょう?もしかすると、貴社に必要なのはただのシンプルな Excel スプレッドシートかもしれません。意思決定の『何』に 焦点を当てれば、『どのように』はおのずから表面化するものなのです」

 

 

関連リンク